2008年03月07日

植民地における日本語教育

= キーワード =
台湾 1895年日清講和条約締結(下関条約
芝山巌(しざんがん)の国語伝習所で日本語教育
伊沢修二が設立
1896年 六氏先生、芝山巌事件が起こる

山口喜一郎が「グアン式教授法」で教える。
グアン式教授法/シリーズ・メソッド
幼児の言語習得過程を観察して生まれた教授法である。「本を出します、
本をおきます。本をあけます。本を読みます」のような一連の行動を教師が動作しながら発音し、次に学習者がそれを反復や問答の形で練習して、覚えさせるというものである。
(日本語センター情報誌「いろは」第6号(2002年3月20日発行)「日本語と台湾 第三回「山口喜一郎と直接法」」から )
グアンの教授法はサイコロジカル・メソッドという教授法に含まれる。
スワン(H.Swan)が日本に紹介した。

1898年 台湾公学校令 (公学校
1922年 新台湾教育令
1943年 義務教育制度

台湾における植民地時代の日本語教育年表


朝鮮 
1910年 総督府を設置
1911年 朝鮮教育令 日本語を国語に
1938年 教育令改正 教授用語として日本語
皇民化教育

朝鮮における植民地時代の日本語教育年表


満州
1931年 満州事変
1932年 満州国 日本語教育開始
中国語、蒙古語、朝鮮語、ロシア語なども話され、「語学検定試験」も行なう。
大出正篤の方法を実施。山口のダイレクト系教授法と対立する、対訳と注を学習者の母語で付けた、翻訳法を取り入れたもので、教室では口頭練習を重視。


南洋群島
1922年 南洋庁
公学校で日本語による教科学習を行う

南洋群島における植民地時代の日本語教育年表


北海道 アイヌでは創氏改名
沖縄 「方言礼


【参考書】
真田信治『よくわかる 日本語史』アルク、2001年
北村弘明『日本語教育能力検定 全重要語チェック集』双文社出版、2006年
『日本語教育能力検定試験合格するための本 2008年度版』アルク、2008年
『日本語教育能力検定試験合格するための本 2007年度版』アルク、2007年
岡田英夫『日本語教育能力検定試験に合格するための基礎知識50』アルク、2006
張瑜珊・孫愛維・林美h『台湾における日本語教育の過去と未来』
http://www.dc.ocha.ac.jp/ed-fwal/doutoku_2005report.pdf
posted by ニンニン at 18:34| Comment(0) | 社会・文化・地域 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月06日

戦前の日本語教育

= キーワード =
1881年 福沢諭吉の日本語教育スタート
朝鮮からの留学生を受け入れる。

1894年 日清戦争

弘文学院、東亜同文書院・・・中国人留学生の受け皿
 弘文学院は1902年に、当時、東京高等師範学校の校長を務めていた嘉納治五郎によって創立された中国人留学生のための学校であった。  こちらから

当時の教師
松下大三郎
 現代語の文法研究において独自の構想雄大な一般理論文法学を構築。我が国最初の口語文法研究をおこない、一般文法の立場から『改撰標準日本文法』『日本俗語文典』『漢訳日本口語文典』などを著した。

三矢重松 『高等日本文法』
松本亀次郎 『言文対照漢訳日本文典』編纂

生徒に魯迅もいた。

辛核革命などの影響で留学生は一時期減少

東亜高等予備学校検索) 東亜高等予備学校跡地
国際学友会 東京日本語教育センター-JASSO

長沼直兄
外交官に対する日本語教育、「標準日本語読本」を作成。現在の直接日本語教授法の基礎を作った。

パーマーの教授法(オーラル・メソッド)の影響を強く受け、それを日本語教育で実践した。



【参考書】
真田信治『よくわかる 日本語史』アルク、2001年
北村弘明『日本語教育能力検定 全重要語チェック集』双文社出版、2006年
『日本語教育能力検定試験合格するための本 2008年度版』アルク、2008年
『日本語教育能力検定試験合格するための本 2007年度版』アルク、2007年
posted by ニンニン at 15:58| Comment(0) | 社会・文化・地域 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月05日

今後の日本語教育見据えて 充実のパラナ日本語教師研修会

 【クリチーバ・堀内登支局長】南パラナ日本語教育センター(斉藤美代子会長)主催、ブラジル日本語センター、大使館分室、クリチーバ総領事館、国際交流基金、パラナ日伯文化連合会後援の第三十六回パラナ日本語教師研修会が二十三、二十四の両日、クリチーバ市内の原パレスホテルで行われた。

 これには七十人余りの教師が参加、アレシャンドレ・モライス、藤野琴子、国際協力機構派遣シニアボランティアの浅田満智子、太田桜子、堤高穂教師を講師に研修が進められた。

 開会式では斉藤会長が開会のあいさつに続き、山脇ジョージ・クリチーバ文化援護協会会長のほか、後援の谷広海日本語センター理事長、小林正博大使館分室室長、佐藤宗一総領事が祝辞をのべた。

 記念撮影の後、講師紹介、研修プログラムに入った。

 「ブラジルにおける日本語教育の将来のために」をテーマとしたデスカッション、訪日した教師の研修報告や実践報告そして分科会などで真剣な討議や質疑が行われ、充実した二日間の研修会を過ごした。

 北パラナ地区にはアサイ、ロンドリーナ、アプカラナ、アラポンガス、マリアルバ、マリンガなどの多くの都市に日本語学校があり、それらが中心となって北パラナ教師連合会を組織し、毎年日本語教師講習会を行ってきた。

 各学校では学芸会、運動会、児童作品発表会、野球など校旗を翻して盛んに行った時代があった。日本語教育事業にJICAや交流基金、公館などからの支援を受けるようになった。

 今年は連合会が発足して五十周年になると同連合会前会長の酒井政広氏は当時を振り返りながら感慨深く語っていた。

 講習会に参加した若い教師たちを見守りながら「自分の教え子が日本語教師となり教えられる立場となった」と古参教師は頼もしく育った後継者に感無量の面持ちだ。

 JICAが移住者援護業務の一環として日本語学校や移住者子弟の教育に支援を始めたのは一九八O年代からで、往時を知る記者にとってその歴史の変遷に感無量のものを覚えた。

 佐藤総領事は「日本文化の海外普及は外交政策の重要な柱の一つであり、その活動を積極的に支援する姿勢でいる」と語っていたが、研修会参加の講師、教師たちを公邸に招いて夕食会を開き、親睦交流を図った。

http://www.spshimbun.com.br/content.cfm?DO_N_ID=21661
posted by ニンニン at 12:34| Comment(0) | 新聞・ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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